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オランダ旅行その④アンネ・フランク ハウス
2006 / 08 / 21 ( Mon )
DSCN1287.jpg

*7月28日*
この日の午前中はアンネフランクの家を訪れました。
開館時間30分前に到着したのに長蛇の列。でも今日は
何が何でも観ておかないと!と思い、日がギラギラ照りつく中待ちました(笑)

「どうだった?」と感想を訊かれても安易に言葉が見つからなく、
ドッシリと重くて、「悲しい」とか「切ない」感情よりも
「これが同じ人間なのか」と問わずには居られない気持ちでした。
「アンネの日記」。。。

この本が学生時代に「流行り」となったけれど、
あの年齢で、アンネ本人が綴った日記の重さがどのくらい理解出来ていたのかな。
と思うとほんのこれっぽっちだろうと思います。

「日記」だから中学生だった私達からするとその言葉を軽く取っていたかもしれないだろうし。

アンネ家族が住んで居たこの家は、彼女の父親の強い要望で
彼らが当時住んでいたありのままの状態になっており、展示物はあえて控えめ。

アンネの部屋へ向かうと、壁には自分の背を物差しで測った鉛筆跡や、
少しでも気分を癒し明るくしようとして、当時大好きだった映画スターの切り抜き等が
そのままの形で残っており、遊び盛りで好奇心旺盛な12歳の女の子が隠れ家で

物音も立てられず、
薄暗い部屋で窓も開けられず、
家から一歩も出られず。。。 そして更に、

ユダヤ人だから。という事で

娯楽、スポーツ施設の立ち入り禁止
自家用車、自転車の乗車禁止
夜8時から翌朝6時まで外出禁止(午後3時から5時までしか外出できなかった)
庭に出て涼む事も禁止

人間として生活している行動が禁止された上、更にユダヤ人である以上
黄色い星印を身に付ける事を余儀なくされ、
その環境に置かれていた彼女が綴る日記は
ものすごく重く、家族へ明るく振舞おうと心がけるアンネの気持ちが
ひしひしと伝わってきそうでした。

隠れ家を見学した後、売店で1冊購入したんですが、
その中にはアンネや彼女の家族のスナップ写真や、
直筆の日記の写真等もあり、その中で翻訳されている文の一部に

。。。1年半も閉じ込められて過ごしてきたなら、
ときにはやりきれなくなることもあるでしょう。

どんなに正しい判断力を持ち、感謝の心を忘れずにいても、
心の奥の率直な気持ちまでも押し殺す事はできません。

(アンネ・フランク物語より抜粋)

このアンネフランクの家が正式に開館される直前に
アンネの父親オットーが、この隠れ家の屋根裏部屋に立ち
ジッと床を見つめる横顔の写真が何とも言えない表情。

アウシュヴィッツから4ヶ月もかけて妻子の待つ我が家へ。
しかしその希望も一瞬に消え、新たに彼らの生活がスタートしなかった場所。
彼の無念さがその横顔から伝わってきそうでした。

この後はゴッホ美術館へ→つづく
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